長らく津波関連のエントリーをお休みしていました。やはり、こういう災害を思い出しながら書くのはちょっと億劫になります。
昨年、津波被害にあった東京駅のスレートの記事を読まれた方も多いだろう。新聞やテレビニュースでも大きく取り上げられ、東京の市民団体も巻き込んでの運動になった。朝日新聞等リンクしようと思ったらもう削除されている。市民運動の先頭にたった森まゆみさんの動画があったのでそれを紹介したい。
http://www.youtube.com/watch?v=9DsVM5L4tfc
今1914年に建築された東京駅丸の内駅舎の保存工事が行なわれている 。その東京駅の屋根材として使われていたのが、宮城県登米産の天然スレートである。1945年の空襲で駅舎は骨組みだけ残して消失した。首都の表玄関の修復は突貫で行なわれ、1947年に現在の駅舎が完成した。その工事では登米産と石巻市雄勝産のスレートが使われた。

築50年のスレート屋根
現在東京駅では2007年から、建設当時すなわち1914年完成の駅舎にする復元工事が行なわれている。完成間近の大屋根が先週の新聞に掲載された。紆余曲折あった雄勝産スレートが無事東京駅に使われたのは嬉しい事である。

*写真がないのでJuntaseasonsさんのブログより拝借いたしました。この場を借りてお礼申し上げます
その駅のスレート屋根を担当したのが友人の会社である。復元工事は極力使用されている材料を利用するのが原則である。しかし、長年の雨風と東京の汚染された大気で痛んだスレートがどれだけ利用できるのかわからない。解体した屋根からスレートを外し、石巻まで持ち帰り、一枚一枚洗浄と検査をして選別する作業が友人の会社で行なわれた。

さらに復元する駅舎屋根は巨大で現在のスレートだけでは足りない。その分は同じ産地から調達するのが望ましいのだが、登米産スレートは既に閉鎖、雄勝でも一社だけが生産しているので到底不足分を賄う事ができない。そこで、復元工事が決定してすぐに世界各地からスレートサンプルを集め、できるだけ雄勝産近い品質のものを探した。その結果、スペイン産の某鉱山区に決定したのである。このサンプル調達や交渉には私も微力ながら手伝っていた。新聞記事では津波の後決定したように読み取れるが、スペイン産の採用は工事開前に決まっていたのである。
話が逸れてしまったが、津波で流されたスレートに戻ろう。選別と洗浄が終わったスレートは、綺麗に箱詰めされ東京駅に再出荷されるだけであった。そんな時、津波が襲い友人宅、会社事務所、倉庫は流されてしまい、スレートも周辺に流されてしまった.
会社では家族も総動員、流失したスレートを懸命に集めまくった。そして、回収の連絡をJRにすると、津波にあったスレートは塩分を含み屋根に損傷があるから,スペイン産を使用する事にしたと通知があった。横で聞いていても何だ!と思った。そもそもスレートとは海底や湖底に蓄積した汚泥や有機物が圧縮されて出来た岩石である。非常に目の細かい粒子で水を通さないから古来より屋根材として利用されて来たのである。津波で塩が付着しても洗い流せば何ら問題ないはずだ。そう考えてネットで色々と調べて、スタッフに教えてやった。


新聞報道で大きく取り上げられてからJRやJV主幹会社は現地に調査チームを派遣してきた。もし、新聞報道がなければそう言う措置はとらなかったんだろうなと感じたのは私だけであろうか。「被害に会った地域を勇気づけるため、スレートは必ず使います」とすぐに宣言していたらどれだけ男気を感じたであろうか。東電とは正反対の評価を受けたであろう。
余談であるが、スレートに寄付者を募り、名前をスレートの裏に書いてもらえば、復興寄付金が集まる、寄付者は復興支援したと同時に東京駅に名前を残すことができるとサジェスチョンをしてみたが、見事に却下であった。ついでに津波で欠けたり破損したスレートも多いのでその再利用も考えてみた。かけらをキーホルダーにする。北上新河口大橋のたもとにある茅葺きの東屋(これは津波にも流されなかった)のカヤ、北上町にある地震でも落ちないと有名な釣石神社のお守り、そして津波でも流されかけてもその場にとどまっていたスレートのを合格祈願お守り3点セットにしたら、と半分冗談半分本気で会社連中にも言ったものである。
東京駅スレート問題をうまく扱っていればイメージアップのチャンスがあったのに、それをみすみす逃してしまう所に親方日の丸的,今の日本が抱える事なかれ主義、突出した事はしない、責任は取りたくないと言う問題を感じる。津波被害にあったものを売るとはけしからん、被害を受けたのだからそれを思って自粛しろという風潮もおかしい。
昔安達祐実主演の家なき子で有名な台詞「同情するなら金をくれ」これは本質を言っていると思う。でも、金だけやっても依存体質を増長するだけである。自助努力を促す支援が必要である。台詞少し変えて「同情するなら(復興)の機会をくれ」としたい。
色々なものが見えた東京駅スレート問題であった。なお、このスレートの産地雄勝で地震直後診療所を開いた協力隊OBの鯉のぼりプロジェクトもある。明日5月3日の夜9時54分から放送のTV朝日「報道ステーション」で、雄勝町が取り上げられるとのことですから是非見てください。